有識者の意見



第1回 姫野カオルコ(小説家)

親指シフトキーボードを普及させる会、御賛同者各位
                               姫野カオルコ

 皆様方におかれましては、各々の分野において益々御清祥のこととお喜び申し上げます。
 さて「親指シフトキーボードを普及させる会」はかねてより、このキーボードの持つ優秀性を訴えてきました。
 私も、会の一員として、このキーボードの機能をひとりでも多くの人に知ってもらいたく、できるかぎりの運動をしたいと思っております。
 ローマ字入力という、日本語には不自然な入力方法が巷間にひろまってしまっているのは、母国語の危機とさえいえます。
 たとえば「空」と日本語で考えるときの大脳のリズムは、4テンポではない。2テンポです。大脳の研究者の調査結果でも、英語を話すときと日本語を話すときで、脳の活動部位は異なるのだそうです。「空」は「空」「そら」であって、決して「SORA」ではありません。
 ならばJISボードの日本語入力でも、この点については問題がありませんが、いかんせん各々のキーの配置が、速く打つには不便です。
 老人がクルミを指で揉むというボケ防止策はむかしむかしからありました。ピアノを弾く人はボケにくいとも言われます。指と脳の運動は深い関わりがあるのです。
 親指シフトキーボードは、日本語本来のリズムに合った入力方法で脳と指を動かすだけでなく、かつ、速いのです。これは、母国語の美しさを守るキーボードです。
 ところが、悲しいことに、今では「親指シフト」ということばさえ知らない人がほとんどです。
 日本語による芸術、すなわち文芸にたずさわる人々の団体である日本文芸家協会の、電子メディア部門を担当する作家ですら、親指シフトのオの字も知らないでしょう(推測)。
 先日も、ある女性(20代)と話していて「親指シフト」ということばを出したところ、「お、親指シード? なんですか? 指サックかなにかですか?」と、知らないどころか、見当もつかなかったのです。しかも、首をかしげたその女性は、自宅勤務のパソコンオペレーターなのです。
 これでは、いかに「親指シフトキーボード」が優れていようとも、普及させる云々の前に、「ともかくも〃親指シフト〃ということばをしらしめる」必要があるのではないでしょうか。
 そのために、これからもいくつかの試みを提案してゆくつもりではありますが、まずは以下の提案をいたします。

 自著本のプロフィールには、ひとこと「親指シフトユーザー」と加えて!

です。
例を挙げますと、

 谷崎康成 19××年東京都出身。城南大学文学部仏文科卒。
 丸井商社勤務ののち『雪国の刺青』で夏目鴎外新人賞受賞。中
 世ヨーロッパ美術に造形が深く、彫刻や絵画を用いたトリック
 には定評がある。主な作品に『踊る痴人』『細雪の音』、エッ
 セイ集『美しい卍のぼく』など。親指シフトユーザー。

といったかんじです。
各方面でご活躍の皆様が、ひとことこのように加えてくださるだけで、とにかく「親指シフト」ということばが世に出ます。その機能と優秀性についての説明は、それからまたの段階でおこなえばどうかと、ここに提案する次第です。あくまでも一提案ですので、ご同意していただける場合にかぎって、プロフィール欄の字数に余裕あるときだけでかまいませんので、ご協力していただけますよう、お願い申し上げます。


〈追記〉
もっとも最近の出版物のプロフィールを参考までにコピーしておきます。

姫野カオルコ(ひめの・かおるこ)
1958年生まれ。本名、香子。90年、公衆道徳を厳守する学生の物語『ひと呼ん
でミツコ』を講談社に持ち込んで単行本デビュー。『喪失記』『整形美女』
『終業式』など、実験的な構成や様々な文体で幅広い作風だが、おもに諧謔の
中の悲哀とジェンダー・トラップをモチーフとする。親指シフトユーザー。少
女のイラストにポエムをつけるカオルコ(アーティスト)とは別人。